音楽劇『母さん』沖縄公演・東京公演・四国演劇鑑賞会例会情報
『母さん』サトウハチローの詩と母のものがたり
作:堀江安夫 演出:横山由和 音楽:新垣雄
「母さん」に寄せて 堀江安夫
一度だけ、お袋が号泣するのを見たことがある。中学生の頃だ。二つ年上の兄貴と寄ってたかって文句を並べていた時、何かが癇に障ったのだろう、それまで鼻先で聞いていたお袋が突然「まさか・・・」といった顔で私達を見詰めたかとおもいきや、瞬く間に大声で泣きじゃくり出したのである。どんな悪態を吐いたかは覚えていない。 が、その時のお袋にとっては余程胸を抉られる痛みだったに違いない、まさしく滂沱の涙を流し畳をたたきながら抗議する姿に、兄と私はただただ狼狽え困るばかりであった。元々涙脆い人ではあったが、身を捩るほどの慟哭を見せられたのはあの時が最初で最後である。 サトウハチローの母さん、春さんは滅多に感情を顕わにすることはなかったというが、本当にそうか。佐藤紅緑が「我恋は炭のほむらの燃に易き」とまで情熱を傾けた女性である。生い立ちや育った環境を辿れば溌剌とした娘盛りの春さんが、私には目に浮かぶ。 それが一転、陰影を深くしたのはその後の変転であろう。相次ぐ子どもの夭逝、羊のように小さな躯を蝕む宿痾、そして夫との離縁、家族との別離—おそらく春さんは声なき声で子供達の将来を思い、ままならぬわが身を呪い、泣きじゃくっていたのではないか。 突拍子もないお袋の姿を思い出した時、私の役目はそんな春さんが胸底に秘めた号泣に、少しだけ耳を傾けることではないかと思うようになっていた。
出演者:
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